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2011年11月

2011年11月22日 (火)

もう談義をしている暇はない?(11月21日 市民談義所)

技術分科会の直後に談義書が開かれた。分科会で検討された内容が端よって説明され、それに意見や質問がある市民は、7.5 cm×7.5 cmの紙に意見や質問を一つずつ書き(スライドに表示された指示では1人ひとつ、実際には紙は3枚ずつ配られた。私は隣の人の分を1枚いただいて4つ書いた)、それを進行役の吉武さんがとりまとめて、参加していた分科会の委員が返答するというものだった(行政の担当部署が返答するものではないのか?)。2時間弱という限られた時間内でこれをすべてこなすためには、とにかく急がねばならず、口頭で意見や質問は言えない状況だった。要するに、「談義」はいっさいなしの談義所だった(こういうのは「説明会」というのではないか?)。

談義というのは、学校の一斉授業のように前にいる先生の話を生徒がおとなしく座って聞くことではない。参加者が会話の応酬をする中で、意見が変わっていったり、新しいアイディアが生まれてくることだと思う。本来なら進行役はいないものだとも思う。あれだけの人数全体で同じ話題を論じようとする会の設定自体に問題があるのだろう。技術分科会の委員と言えども、談義所に出てきたら参加者の一人に過ぎない。委員と直接話をしてみたいと思っていた市民の参加者もいたはずなので、委員ごとに談義の輪をつくるというのでも面白かったかもしれない。お膳立てをしなければいけないという気遣いはわかるが、なにか工夫が足りないような気がしてならない。突堤建設を急ぐあまり、談義をおろそかにするということでなければよいが。

突堤300mは長すぎる?(11月21日 技術分科会)

 

技術分科会が開かれ、突堤建設とサンドバッグ設置と養浜を、毎年予算配分しながら、とりあえず今後5年間、進めていくことが検討されました。傍聴してきましたが、1時間半の分科会の中で、国交省の海岸課の課長さんが早口で説明するのを理解しようとして疲れ果てました。6名の委員には、あらかじめ資料が配られていたそうですが、一般傍聴者が説明を聞いてすぐに消化できるような簡単な内容ではありませんでした。

 

委員のなかには、突堤のすぐわきの砂のつき方の予想図を見ながら、300mの長さは要らないのではないかと質問した方もいらっしゃいました。海岸課の担当者によれば、地形変化モデルで推定すると、大炊田までの海岸でどこも侵食が進まないようにするためには300m必要とのことでした(シミュレーションモデルの言うことは人間が直感することよりも尊重されるのです)。8月の検討委員会でも300mは長すぎると言った漁業関係者がいましたが、きっと300mもいらないと思う人は多いのでしょう。でも、長さ300mという計画は、このまま進みそうです。そういえば、最初にヘッドランド建設計画が持ち上がったときも、長さは300mでした。当時はまだモデルがなかったはずですが、どこから300mという数値が出たのでしょうか?不思議です。

 

最初の5年間で、一番長い突堤を50mずつ2回に分けて100m建設し、効果や弊害を見ながら伸ばす計画らしいので、弊害が出てくれば短いままで終わることもあります(短いと弊害が出るという理由で300mまで伸ばすことも考えられますが)。ですが、効果や弊害は510年経ってから出てくるものもあるので、(港の防波堤のように)後の祭りにならなければよいがなと思います。

 

2011年11月21日 (月)

隠し護岸建設(11月13日 市民談義所)

台風の波浪で浜が少しでも削られると大騒ぎというのはいつものことですが、今度は、大炊田海岸の浜崖の下にサンドバッグ(砂をつめた黒い袋)を積み上げることになりました(高さ5mくらい)。「隠し護岸」というのだから砂で埋めるのかと思ったのですが、そうではなく、「砂が隠してくれるといいな護岸」のようです。効果がなければ撤去できるそうですが、コンクリートの消波ブロック(テトラポッド)が撤去された例は無いにひとしいので、黒い袋が砂に隠れなくてもずっと置きっぱなしになるような気がします。

袋を裂いて砂を出すということも考えられますが、砂に埋まった部分の袋を撤去するのは簡単ではないので、海岸がゴミだらけになるでしょう。どこだかの国で、海岸沿いのホテルが波から建物を守るためにサンドバッグを置いて、観光の目玉の砂浜がだいなしになったと読みましたが、サンドバッグを置いて浜崖は守ったけれど砂浜は失ったということにならないでしょうか。

2011年11月 1日 (火)

砂についての本を翻訳しました

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『砂 -文明と自然-』

マイケル・ウェランド著 

築地書館 3150

本の紹介の代わりに、訳者あとがきを全文載せます。

◆訳者あとがき◆

 数年前から、私は宮崎の砂浜保全の市民運動にかかわるようになった。川のダムが土砂を止め、海岸の防波堤などの構造物が砂の動きを止めたことから、一時は新婚旅行のメッカとして知られた何十キロメートルも続く美しい遠浅海岸の砂が足りなくなり、雄大な砂浜は見る影もなくやせ細っていた。これは、突堤をいくつか建設中止にすればすむ問題ではないように私には思えた。

 そこで、砂浜とは何なのか、なぜ最近になって侵食問題が取り沙汰されるようになったのかを知ろうと、砂浜について書かれた本を読みあさっていた。そうした中で2009年の1月、宮崎県日向市在住の海洋生態学者の山口正士先生が、面白い本が出版されたと連絡をくださった。Michael Welland 博士の『Sand: A Journey Through Science and the Imagination』との出合いだった。砂の粒子の顔つきから始まり、寄り集まった砂つぶの集団が見せる不思議な現象や、砂の塊として息づいている地球のことまで、小さな砂による大きな自然の動きが魅力的に語られていた。

 この本を読んで、砂浜を知るためには、まずもって「砂」について知ることが肝要であることを教えられた。第1章には砂を顕微鏡で見る話が出てくるので、自分でも虫眼鏡を持って砂浜へ行って砂を見てみた。透明な砂つぶや、真っ黒の粒子や、三角のブチのものなど、とにかくいろいろな美しい粒子が混じっているのに、全体としては何の変哲もない灰色の浜ができ上がるという印象のギャップが、まるで人の社会を見るようで面白かった。第2章では、こうした粒子がたくさん集まったときに見せる独特な砂の性質が紹介される。砂地獄の話が出てくるので、日本ではおなじみのアリジゴクも出てくるかと期待したが、残念ながら登場しなかった。第3章では、砂つぶの数を数えることについての逸話がいくつも紹介される。洋の東西を問わず、膨大な数や無限について思いを馳せる人は少なからずいたようだ。

 そのあと第4章から第6章では、この膨大な量の砂によって川の流路が刻まれ、砂浜が拡大縮小し、砂漠が移動する様子が説明される。地質学と聞くと、石や岩を扱う無機的な学問と感じていたが、本書では、難しい内容にもかかわらず、イメージがまざまざと頭の中に思い浮かぶような工夫がほどこされている。安部公房の『砂の女』も何度か引用されている。私はこの小説を30年くらい前に一度読んだことがあったのだが、今回の翻訳にあたり、引用箇所の日本語原文を特定するために、英訳された『The Woman in the Dunes』を読んでみた。そして、以前読んだときは気にもとめなかった砂の動きの描写がすばらしいことに気づいた。科学とは、人の五感だけでは理解できない事柄を何らかの手段で調べて、人の言葉に翻訳することだと私は思う。こうした人類の「翻訳」の蓄積をもとに、砂をテーマにした文学作品や芸術の話題も織りまぜて、地形をつくっていく砂つぶの一生が生き生きと描かれている。

 私たちが立っている大地のように当たり前に存在するものの不思議さには、ふだん人はなかなか気づかないものだ。第7章では、悠久ともいえる地球の時間の中で起きた変化が大地に刻まれていることを、近代の偉大な地質学者たちが読み解いてきた過程が語られる。第8章では、ちょっとひと休みして、砂地に描かれる絵を紹介している。伝達手段として生活に密着したものもあれば、先端技術を使って描く芸術性に富んだものもある。いずれも、やがては消えてなくなるという砂の特徴を利用している。第9章では、私たちの生活がいかに「砂」に依存したものであるかが解説される。本文にも出てくるように、妖精が魔法の杖を振って、私たちの生活の中で砂を原材料にする物を消し去ると、いったい何が残るのだろうと、思わず考えこんでしまった。

 そして第10章では、太陽系のほかの惑星の砂の様子から、地球の未来を予測している。ここには、小惑星「イトカワ」の写真とともに、日本の小惑星探査機「はやぶさ」が宇宙の砂をたずさえて2010年に地球へ帰還するのを待ち望む一文もある。折しも、翻訳に明け暮れていた2010年の613日に、探査機が地球の大気圏に突入して、小惑星の砂が入っているであろうカプセルが回収されたことが大きく報道された。最先端の科学技術と、「はやぶさ」の最期に焦点が当てられていたが、本書を読んでいた私は、カプセル中に砂があるのかどうかがとても気になった。その後、カプセルには微細な粒子がたくさん入っていることが確認されたという記事を目にして、ほっと胸をなでおろした。

 原著『Sand』は2010年の3月に、米国自然史博物館のジョン・バロウズ賞を受賞している。この賞は、1926年から毎年一回、科学的記述、実際の野外研究、新しい形の自然史という三つの条件を併せもつネイチャーライティングに贈られる最も権威ある賞のひとつである。その受賞を伝える記事では、ウェランド氏が世界各地のエネルギー資源を扱う業界に身を置いてきたこと、米国とイギリスの地質学会および王立芸術協会の会員であることが紹介されている。本書が砂についての科学的な知見に終始するのではなく、砂を利用する人の文化的な側面にも光を当てて、民話・数学・芸術・探検や、吸血鬼にまで言及している点が評価されたと伝えている。科学者である著者のウィットに富んだ文章は、こうした幅広い興味にもとづいたものなのだろう。その面白さは、最後の索引にも反映されている。

 本書では、地球環境ができ上がってきた過程とともに、砂を介した環境破壊についてもふれている。私の宮崎での砂浜保全運動に直接役立つかどうかは別にして、読み終わったあとには、砂浜についてさまざまな視点から見たり考えたりできるようになった。一緒に活動している仲間にも内容を知らせたいという思いから、私が保全活動の一環として発行している『宮崎の海岸』という小さな情報誌で原著を紹介したところ、築地書館の橋本ひとみさんがその記事に目に止めてくださって、翻訳が実現する運びとなった。これまで、翻訳にはさまざまな形でかかわってきたので、いつの日か翻訳したいという思いはあったのだが、こんなに早く実現するとは思ってもいなかった。

 地質学から現代アートにいたる幅広い内容を翻訳するのに大変苦労したが、まだ訳文がこなれていない時期に原稿を読んでくださり、さまざまなアドバイスをくださった、佐藤しのぶさん、中務秀子さん、林あゆみさん、三浦知之先生、村上哲生先生、山口正士先生、そして、最終的にたんねんに訳文を読んで読みやすい日本語の言いまわしを提案し、用語や表記の統一をはかってくださった橋本ひとみさんには、心から御礼を申し上げる。また、翻訳作業以外の日常業務が遅滞する不便に目をつぶってくれた夫の哲也にも感謝する。

2011
4
林裕美子

砂についてのあらゆることが書いてある科学読み物です。

結構楽しめるので、ためしに読んでみて下さい。

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