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2009年7月

2009年7月29日 (水)

『宮崎の海岸』 第9号

宮崎の海岸を見て歩いて、話しを聞いて歩いて、海岸情報誌にしています。

『宮崎の海岸』第9号が出来ましたので、よろしければご覧下さい。

今号のテーマは「砂」です。

目次

・砂つぶたち

・砂をたくわえる砂丘

・赤江浜の深度観測

・<浜の歴史シリーズ⑦> 一ツ葉入り江

・宮崎港のために掘りあげた砂の量

・川の土砂のダムによるせき止めと、砂浜の砂

・<海岸動物> スナホリガニ

・<本の紹介> 『川と海』

・編集後記

「宮崎の海岸9号」(PDF884KB)

 

2009年7月28日 (火)

第3回 市民談義所 参加報告

725日(土)佐土原総合文化センター

参加者 およそ45名(うち行政関係者10名)

18:00 行政関係者自己紹介・談義所の役割とルールの説明

18:25 前回談義所のアンケート結果説明・解説

18:30 第3回技術分科会説明・解説

19:05 質疑応答

19:12 養浜の調査についての解説

19:20 技術分科会に提出した談義所の意見の確認

19:35 21年度養浜計画の説明

20:00 休憩+海岸についての意見の紙貼り

20:20 貼られた意見の確認

20:40 養浜以外の対策も含めた今後の侵食対策の進め方説明

20:55 「海岸の利用を考える会」の説明と委員の募集

21:00 次回談義所日程・内容

21:05 終了

◆「地形変化モデル」とは何なのか?+技術分科会の報告

<資料・説明より>

 砂の動き、地形の変化を予測するためのプログラムで、これを使って、対策の効果を事前に把握することができる。海面上昇・飛砂が侵食におよぼす影響は小さいので地形変化モデルでは考慮しない。地盤沈下については、過去の沈下の影響は考慮するが、将来の沈下は考慮しない。その他、沖合いへの土砂流出、一ツ瀬川北側と河口の地形変化、波浪、流れなどを考慮した計算結果から、おおむね現状地形が再現されることを確認。これで、対策を検討するのに必要な地形変化モデルの基礎となるものが出来上がった。

<質疑応答から>

 地盤沈下については土砂量の変化の推定などを今後も行なう。現在の地形変化モデルでは護岸などの構造物の影響は考慮されていない。基礎となるモデルが出来ただけで、今後も修正や改変は継続して行なう。

◆土砂収支図の変更点について

<資料・説明より>

 一ツ葉の浜から港へ砂が移動することを示す矢印のうち、海の中の矢印は残すが、陸に描かれている矢印は、誤解を招くから削除する。

 一ツ瀬川の北側の富田浜は、「安定」していると書かれているが、実際には変動がある。20年間を通して見ると、差し引きゼロになるということから、「一定の地形変化傾向は認められない」に修正する。

<当ブログでの報告の間違い>

 710日の技術分科会の報告で、土砂収支図の変更点についての報告が間違っていました。防波堤の海側の矢印に×印をしてあるのは、大淀川からの土砂が防波堤より北へは移動しないことを示しているので、そのまま残します。変更点の2点目は、上記富田浜の地形変化についてのことでした。申し訳ありませんでした。

◆前回(第2回)市民談義所での意見の確認

 第2回談義所で出た意見が、そのまま技術分科会の資料に載り、それに対して委員から質問が相次ぎました(710日のブログ記事では、誤字などのミスと書きましたが、そうではありませんでした)。誤解があってはいけないということで、前回談義所で出されたそれぞれの意見の真意についての確認がおこなわれました。

◆平成21年度養浜計画(案)

<資料・説明から>

① 一ツ瀬川右岸(一ツ瀬川河口浚渫土砂)

② 石崎浜(宮崎港の仮置き土砂、三財川掘削土砂)

③ 動物園裏(小丸川掘削土砂)

④ 動物園沖(宮崎港浚渫土砂)

<質疑応答から>

 4箇所の合計で20万立方メートルくらいの養浜を目指す。

 養浜を行なう箇所は「危ない」と考えている箇所で、一ツ瀬川右岸と有料道路パーキングエリアあたりだそうです。「危ない」というのは、どういうことを指すのか、ちょっと疑問に思ったので、談義所で議論してはどうかと提案しました。砂丘が一時的に削られるのが危ないのか、波が護岸に直接あたるのが危ないのか、松林が波に洗われるから危ないのか、有料道路や海岸林の中の施設が破壊されるかもしれないから危ないのか…..。侵食対策を考える上で、根本的な問題かもしれません。

◆養浜計画についての意見の紙貼り(「ワークショップ」)

<作業>

・(青い付箋)養浜の実施にあたり、現地で配慮・工夫してほしいこと(その理由)

・(黄色付箋)養浜の実施箇所の現状、情報(皆さんに知ってもらいたいこと)

養浜に対する意見用の大きな地図に付箋に書いた意見を貼りました。養浜についての意見は数が少なく、海岸全体に対する意見(前回談義所で使った地図)がまだ出ていました。今回出た意見は、一つずつ確認がとられました。

◆平成21年以降の対策検討の方針

<資料から>

・沿岸の砂がどのように動くかの調査

・養浜は引き続き実施する

・養浜については、港湾や河川の管理者と連携する

・養浜以外の工法(構造形式、材料など)について比較検討を開始する。地形変化モデルを用いたシミュレーションを実施するとともに、景観生態系、コスト等の多様な観点から検討する。

<個人的意見>

 談義所で発言した意見ではありませんが、構造物を考慮していない地形変化モデルを使って、構造物を入れたときの影響をシミュレーションができるのかなと疑問に思いました。どこかできちんと質問してみなければいけません。

◆「海岸の利用を考える会」

<目的>

 海岸の利用方法について、いろいろな思いや立場の市民が談義し、市民によるマナー作りを検討する。そして、このマナーを広く一般に普及するための方法を検討する。

<体制>

参加者:地元住民・海岸利用者・談義所参加者などから希望者を募る(その場で希望者に挙手をお願いしたところ、3名ほど手が挙がりました)

世話役:海岸よろず相談所

関係機関:宮崎県・宮崎市

◆次回談義所  

9月上旬の予定

・市民の発表なども盛り込んでいく

2009年7月11日 (土)

地形変化モデルについて徒然思うこと

宮崎海岸の侵食対策技術分科会での技術的な議論は、はじめから終わりまで「地形変化モデル」に関連したことです。過去の海岸地形の変化を調べ、地盤の形、波の動き、砂の量といった数字で表せる項目を決めて、これまでの砂の移動(侵食)を説明するのに一番よい数式(モデル)を作ろうとしています。それを使って、今度は、将来どうなるかを予測するわけです。

分科会の最後では、今後の侵食対策の方針にも触れていますが、「養浜以外の工法(構造形式、材料など)について比較検討を開始する」とあります。養浜だけなら、投入する砂の量や位置をモデルに入れると、その後の砂浜の回復などが予測できます。「養浜以外の工法」が、必ずしもコンクリート構造物を指すわけではないと思いますが、たとえば突堤を造ったら住吉の砂浜の形はどうなるかといった予測もできるようになります。その変化が望ましいかどうかを皆で議論して、突堤を造るかどうかを決めていくことになります。

将来、海岸で具体的に何をするかを検討していく上で、対策(工法)が有効かどうかを判断するための道具になるので、とても重要な役割を果たします。分科会を傍聴して報告を書いて、いろいろ思うことがありました。素人の考えではありますが、地盤沈下と護岸と浚渫についての私見です。

地盤沈下

地盤の沈下量は、石崎川の少し南から一ツ瀬川にかけて、宮崎県がわりと頻繁に測定しています。宮崎平野全体の地盤は隆起(持ち上がる)しているのに、その部分だけ沈下しているためかもしれません。1994年を境に沈下のスピードが遅くなっていますが、「沈下」という一方向の変化が続いています。沈下量はわずかでも、広い範囲で起きる現象なので、面積をかけると、海岸から失われたと見なされる砂は相当な量になります。

分科会では、マイナーな要因なので地形変化モデルで考慮する必要はないだろうと言う委員と、土砂量まで計算してみないとマイナーかどうかはわからないという委員がいました。専門家の間でも意見が分かれることなのかもしれません。

陸上で観測できる地盤沈下が砂浜にも及んでいるかどうか、ここでだけ沈下が起きる要因は何かといったことを解明する必要も出てくるかもしれません。もし地盤沈下が人為的な要因で起きているなら、周辺住民が迷惑を被っていて、砂浜侵食対策に巨額の税金が使われているので、れっきとした公害ということになります。

護岸

現在の地形変化モデルは、護岸を考慮していません。「護岸はない」こととして、砂の移動や海岸線の変化を推定するものです。これを使うと、宮崎港の防波堤に砂がたまり、大炊田・住吉の侵食は当分続くという将来予測がなされます。護岸で止められているはずの砂も防波堤に流れ着くと見なすということでしょうか。実際には護岸があるところも、将来は数十メートル後退すると予測されます。

砂浜は、波打ちぎわだけでなく、背後の砂丘と海岸林がセットになった自然環境です。台風や津波といった大きな自然災害が起きても、砂丘は、たくわえた砂を海に供給し、宮崎の場合は数百メートルもの幅で海岸林があるので、それよりも陸側に住む人の生活が守られてきました。だから、砂浜が数十メートル後退しても、本来なら恐れるに足りないはずです。

地形変化モデルが対象とする範囲は、水深12mから陸上4mの高さまでです。住吉海岸で私達が砂丘の高さを測量したら、波打ちぎわから8m以上あったので、モデルでは砂丘の高さの陸地は考慮していないことになります。住吉海岸の侵食対策に関わっているのは、海と砂浜の管理をしている海岸や河川関係の部署です。砂丘と松林を管理しているのは、同じ行政でも森林関係の部署です。傾斜護岸や直立護岸などの護岸を造るのは、この森林関係の部署です。

地形変化モデルという、とても重要なモデル構築に、現実に何キロメートルにもわたって存在する護岸を考慮しないでいいのかな?と疑問に思います。行政の管轄がモデル構築に影響しているとは思いませんが、モデルの予測結果が、護岸を超えて侵食が進むというものならば、森林管理をする部署にも、砂浜侵食対策の議論に加わってもらうよう働きかけるのに、この地形変化モデルを利用できるかもしれません。災害に対しては、護岸などの構造物よりも広い砂浜のほうが役に立つことを広く知ってもらうことが先かもしれません。

宮崎港の航路浚渫

今回の地形変化モデルでは、沖側へも、北側(川南漁港)でも、南側(宮崎港南防波堤)でも砂の流出がないと仮定して砂の移動を推測しています。海岸にある構造物がどのような影響を及ぼして、どこに砂がたまって、どこが侵食されるかを予測します。しかし、現実には、港の航路浚渫のために、防波堤の近くで砂の流出があります。

港で浚渫した土砂は、住吉海岸の海中へ投入するので、全体として見ると砂の収支はプラマイゼロですが、半永久的に航路浚渫を続けるなら、港から住吉海岸への砂の移動があることをモデルに組み込まないと、正確な推定ができないのではないでしょうか。砂浜で砂遊びをするとわかりますが、水のあるところを掘ると、掘らない部分よりも砂は早くたまります。浚渫することで、防波堤付近へ砂が集まるのが速くなることはないのでしょうか。

 

 

2009年7月10日 (金)

技術分科会(第3回) 傍聴報告

2009710日 13:3017:00 市民プラザ・ギャラリー

傍聴してきました。難しい話もたくさんありましたが、私なりに理解した範囲のご報告です。前半は少々退屈かもしれません。市民談義所とのつながりについては、最後に書きました。

内容は大きく3つに分けられていました。

1.宮崎海岸の侵食メカニズム解明に向けた調査・検討

2.地形変化モデル構築の考え方および妥当性の検証

3.平成21年度の試験施工など(市民談義所からの意見)

「1.侵食メカニズム解明」

前回までに委員や市民から出された侵食の要因として考えられることについての検討が行なわれました。

まずは、地盤沈下と飛砂について。

配布された資料に書いてあることをまとめると、以下のようになります(詳細は、後日、宮崎河川国道事務所のHPに掲載されるので、それをご覧下さい)。

<資料から>

1983年から2003年まで、一ツ瀬川河口部から石崎浜背後の観測地点で確認された地盤沈下量は50180mm

1994年以降の沈下速度は、それ以前よりゆっくりになる。

1983年から2003年までの9地点の平均地盤沈下量は92mm。これから試算した汀線後退量は7m。後退速度は0.35m/年。

1994年以降の9地点の平均地盤沈下量は18mm。汀線後退量の試算は1.3m。速度は0.13m/年。

・飛砂が発生する風速8m/秒以上の風は、海から陸に向かう頻度が高い。

・飛砂による砂の移動は海から陸方向へ約0.5m3/m/年と試算。(経験式の結果なので、係数によって大きく変化)

・護岸や保安林により陸域への飛砂が防止されている箇所や、砂浜が消失して飛砂がない箇所もある。

<対応>

・地形の変化を再現するモデルでは、現在の地形の再現には地盤沈下を考慮する。

1994年から地下量が少なくなっているので、今後の侵食には第一の要因とはならないと考え、将来予測のモデルでは地盤沈下を考慮しない。

・現在の侵食、将来の侵食に対して、飛砂は第1の要因ではないであろうから、地形変化モデルでは考慮しない

・地形変化モデルによる予測結果や新たな知見を踏まえて、適宜見直しをおこなう。

<議論>

・どちらもマイナーな影響

・量を把握しないとマイナーとは言えないはず。

・地盤沈下は、汀線の変化量で見ると小さいが、砂の量としてはどうなのか。

・それほど多くはないだろう。

次に、沖合いへの土砂流出について。

<資料から>

・大きさが0.125mmから0.25mmの砂は、汀線から沖合いにかけて堆積。

・沖合いに堆積している砂が、汀線付近から沖合いへの流出によるものかは不明。

・沖合いへの流出量を推定することも非常に困難。

<対応>

・地形変化モデルでは、沖合いへの流出土砂は考慮しない。

・地形変化モデルによる予測結果や新たな知見を踏まえて、反映するかどうか検討を行なう。

<議論>

・沖合いへ失われる砂は無視していいのか。

・「沖合い」の定義が必要ではないか。

・沖合いへの土砂流出についての検討は保留とする。

次に、一ツ瀬川北側の地形変化の検討。

<資料から>

・汀線位置を比較すると、一ツ瀬川より南では汀線後退。導流堤より北では前進。

1983年から1995年にかけて導流堤より北の広い範囲で後退している。前進・後退は一定の傾向を示さない。

・一ツ瀬川河口左岸にテラスに似た地形あり。

・穴を掘って地盤を調べるボーリング調査では、富田入り江奥付近で岩盤(砂岩・泥岩)が確認されている。一ツ瀬川河口右岸(漁港の東付近)では確認されていない。

・一ツ瀬川の河口位置は固定していない。

1962年以降、一ツ瀬川導流堤の北側汀線が前進。

<対応>

・一ツ瀬川河口部出っ張っているとしてモデルの検討を進める。

・地形変化モデルによる予測結果や新たな知見を踏まえて、適宜見直しをおこなう。

・岩礁調査、トレーサー調査を実施(今秋予定)

<議論>

・本当に導流堤より北側での後退のように安定しないのか。

1995年のデータが、大きく砂が持っていかれた直後のものである可能性があるため、用いたデータを再検討する必要あり。

次が波浪についてでした。が、この部分が少々私には難しく、正しく理解したか自信がありません。資料のまる写しをすることも考えたのですが、使われている用語が難しいこともあり、やめます。宮崎港の防波堤の沖に波浪観測基地があり、そのデータの信頼性を検討する内容でした。現在の観測機器は水深30m付近にあるため、水深20m付近に新たに設置することが検討されています。

最後が流れについてです。

水産試験場が、耳川から青島にかけての3ヶ所で、月に1度、5分間隔で流速と流向を観測したデータを見ながらの説明でした。

<資料>

・一ツ瀬川沖では、1020cm/秒くらいの流速の頻度が高く、南向きが多い。

・沿岸漂砂による土砂移動が活発な水深1012mよりも浅い部分の流れが、それよりも沖の流れの影響を受けているかは不明

<対策>

・沖合いの流れの影響はないとしてモデルを検討。

・地形変化モデルによる予測結果や新たな知見を踏まえて、適宜見直しをおこなう。

<議論>

・防波堤の沖は流れは北向き、防波堤先端より岸寄りは南向き。

・南向きかどうかは、図をどのように見たらわかるのか。

・図の向きが間違っている。

・瞬間のデータなので、砂の運搬には関与しないので、議論にふさわしいデータではない。

このあと、土砂収支図の修正が出されました。小丸川から大淀川にかけての砂の堆積量と侵食量を、だいだい色と青色に塗り分けて数値を記入した図です。市民から、この図がわかりにくいという意見が出たことを受けて、矢印の変更がありました。住吉海岸で20万立方メートル侵食された分が港の22万立方メートルの堆積に移動したことを示す矢印が陸に描かれていましたが、まるでダンプで運んだかのように思わせるということで、石崎川から港にかけての海の中に描かれている、砂の移動を示す矢印だけになりました。大淀川から防波堤の沖を回って砂が来るという矢印も削除になりました。

「2.地形変化モデル」

砂浜の形が将来どのように変化を予測するために、数字を入力すれば地形が変化するシミュレーションモデルをつくろうとしています。どのような要因を考慮するべきかの検討結果です。これも私には少々難しかったのですが、理解した部分だけ書きます。

<侵食対策の方向性>(モデル構築の目的?)

・川の土砂と、海の漂砂を視野に入れた侵食対策を目指す。

・汀線の回復・維持だけではなく、将来的に維持可能な海中部を含めた海浜の土砂量の回復・維持を目指す。

<地形変化解析で特に考慮が必要なこと>

・平面的な地形変化を考慮

・粒径の考慮、粒径による漂砂量の違いを考慮

・一ツ瀬川・小丸川からの流出土砂を考慮

<計算条件>

・沿岸方向:川南漁港から宮崎港までの29.4km(25mごと)

・等深線:水深12mから陸上4mまで(1mごと)

19831月から200412月まで

1983年および20042005年の測量成果、空中写真、海図をもとに作成

2005年調査の底質。水深ごとに沿岸方向一様。小丸川と一ツ瀬川河口部には岩礁を仮定。

・宮崎港防波堤沖観測波浪のエネルギー平均波(これがよくわからない)

・北(川南漁港)、南(宮崎港防波堤)、沖側への砂の流出なし

・小丸川からの土砂量4.9万立方メートル/年、一ツ瀬川0.5万立方メートル/年

・沿岸漂砂量の分布:宇多・河野の式(これもわからない)

・地形の限界勾配:陸側11.7  海側12.0 (これも何のことだか)

・一ツ瀬川導流堤、宮崎港北防波堤、川南漁港離岸堤は考慮するが、護岸は考慮しない。

・卓越海浜流:考慮する(流れの向きのことだと思います)

<モデルの検証>

やたらと難しいですが、これらを使ってモデルを作り、実際の砂の移動とうまく合うかを調べていました。砂は、宮崎港にたまり、一ツ瀬と小丸川河口には溜まらないという図が描け、ほぼ現状を表しているということになりました。年を追うごとの砂の量も計算されています。少し合わない部分もありますが(宮崎港にたまる量がすこしばかり多すぎる)、前出の「土砂収支図」に近い値になっています。現在港で実施されている航路の浚渫については、まったく考慮されていないようです。

「3.平成21年度の試験施工など」

<昨年度の試験施工(養浜)の報告>

・石崎浜:大淀川採掘土砂、三財川採掘土砂、合計約6.4万m3

・動物園裏:小丸川採掘土砂 約1.6万m3

・動物園沖:宮崎港航路浚渫、マリーナ浚渫、合計約1.9万m3

<昨年度の調査結果>

・地形の測量:動物園沖にたまっている

・底質(砂の大きさや密度)の調査:粗くなったり細かくなったり

・トレンチ(土砂の堆積状況)調査:カスプ地形の移動(勉強不足でよくわかりません)

・トレーサー(色付きの砂のゆくえを追う)調査:砂は南向きに移動、移動した砂の数しか見ていない(大きさは調べていない)

・水質調査:石崎浜は沖合い200m、沿岸南方向へ2kmに濁水拡散。動物園沖は投入点から500m以内に拡散するが数時間で周辺海域と同等。工事区域周辺は良好な水質維持

・底生生物調査:養浜前後の出現種数に変化なし

21年以降の対策方針>

・沿岸漂砂メカニズム解明のための調査実施

・引き続き「養浜」実施

・養浜の実施については、港湾や河川の管理者と連携

・養浜以外の工法(構造形式、材料など)について比較検討を開始。地形変化モデルを用いたシミュレーション実施。景観、生態系、コスト等の多様な観点から検討。

<市民談義所>

・第1425日、第2530

・市民の意見:海岸別の意見が合計30

この30個の意見の一覧には誤字が多く、委員から質問が相次ぎました(例:「石崎浜の海岸植林と防波堤の撤去」→正「石崎浜の海岸植林と護岸の撤去」;「不用な突堤」→正「不要な突堤」;「消波ブロックの多様を避けてほしい」→正「消波ブロックの多用を避けてほしい」)。とりまとめて表をつくった人のミスだと思いますが、談義所をとりまとめている吉武先生が正しい表現に直しました。これを見ていた佐藤慎司委員から、「伝言ゲームみたいなことをしていても誤解が生じるので、そのうち、この分科会と談義所を合同で開催するようにしたらどうか」という提案が出ました。私は、何気ない振りをしていましたが、心の中では、「やった!」と叫んでいました。楽しみが一つ増えました。

 

第3回市民談義所は、2009年7月25日(土)です。

18:00~ 佐土原総合文化センター(中・西)にて。

どなたでも参加できます。

 

 


2009年7月 8日 (水)

宇多高明氏を囲んでの公開勉強会 開催報告

200975日 

講師 宇多高明氏(土木研究センター)

12:3017:00 富田浜から一ツ葉海岸までの現地見学:参加者16

17:3021:00 勉強会(みやざきNPOハウス):参加者20

まずは、富田浜に残っている自然の砂丘を見に行きました。砂浜へ砂を供給する緩衝地帯です。他の所では、この緩衝地帯に松を植えてしまってあるので、それを守るために護岸が築かれます。護岸が造られると、陸と海の砂の移動が阻害されます。松林の中にも砂がトラップされます。砂浜と砂丘の部分は行政の管轄がちがうため、砂丘の担当の森林部や農政部は、自分達の守備範囲の仕事として良かれと思って松を植えているだけなので、やめさせるには、砂浜侵食の問題について議論する場に、海岸林担当の部署も参加できるように働きかけなければなりません。

次が一ツ瀬川右岸河口。導流堤の北の富田浜には砂がたまっているけれど、導流堤から南は侵食が進みます。砂は、水深9mあるいは10mの位置より沖へ逃げてなくなることはないので(沖の深海へ失われるという説明は間違い)、宮崎港の防波堤を造ったことで、一ツ瀬川導流堤から防波堤までが、ポケットビーチ化しました。大淀川からの砂は防波堤でさえぎられ、一ツ瀬川からの砂の供給量はしれているので、この閉じた砂浜に残された砂で今後はやりくりしなければなりません。導流堤を取り除くとどうなるのかという質問が出ました。現在富田浜にある多量の砂は南へ流れて、住吉や大炊田を潤すかもしれないけれど、富田浜や堀の内が、ゆくゆくは住吉のようになるだろうということでした(ポケットビーチの範囲が北へ広がるだけ)。前回の技術分科会では、富田浜に砂があるのは沖に岩礁があるからではないかという意見が委員から出され、調べてみるということになっていますが、宇多さんによると、そんなものは関係ないそうです。岩礁があっても、何万年も前からそこにあるのに、ここ30年の砂の増減を説明ができるはずがないということでした。

次に、石崎浜荘の北の養浜現場を見に行きました。川の泥を入れているので、粘土のような細かい分は沖へ持ち去られます。砂浜に適した大きさの粒は残ります。ですが、宮崎港建設時の掘削や、その後の浚渫で、800万立方メートル以上が砂浜から持ち出されてしまっているので(ほとんどが港と空港滑走路の埋め立てに使われた)、少々養浜したくらいで(昨年は6万立方メートル)、私達が生きているあいだに昔の浜が戻ると思ってはいけないそうです。一ツ瀬川から宮崎港までの区間では、港の浚渫により大量の砂が失われたので、これ以上侵食を進めないためには、もう持ち出さないことが必須です(今後浚渫したものは住吉あたりの浜にもどす)。あそこに港があり、機能させるために浚渫を続ける限り、浜に砂を戻してもまた港へ流れ込むので、浚渫と養浜を繰り返さなければなりません。構造物を造らずに海岸線の形を今のまま保ちたいなら、浚渫と養浜しかないだろうということでした。港を放棄して浚渫をやめたとしても、一ツ瀬川から防波堤までの砂は、防波堤の脇へ集まってきます。防波堤が岬のような役割をして砂浜の形状が安定するまでは、大炊田・住吉の侵食は続くでしょう。

国交省は侵食の原因をどう説明しているのかと聞かれたので、川からの土砂供給がダムで止められたのが主たる原因と言っていると答えました。現在私達が見ている砂浜は、何千年もかけて出来上がったものですが、大淀川も一ツ瀬川も、土砂を運ぶ力が弱い(傾斜がゆるい)ので(だから平野が出来た)、砂はなかなか出てこないそうです。ここ20年や30年で急速に進んだ砂浜侵食は、ダムによる土砂供給の減少よりも、宮崎港建設時の掘削と浚渫により系外へ運び出されて失われた800万立方メートルのほうがずっと強く効いているそうです。

次が、宮崎市立フェニックス動物園のところの海岸です。有料道路のトンネルから浜へ出るまでのところに松が植林されていますが、こうやって植えるからね、と言いながら写真を撮っていらっしゃいました。浜へ出て、波の崩れ具合を見ながら、波打ちぎわから急に深くなっていることの説明がありました。砂浜の末期的症状だそうです。崖の下には黒っぽい砂の帯がありました。侵食が進む浜では、比重の重い砂鉄が残るそうです。富田浜の砂は白かったです。

最後に、シェラトンホテルの裏(球場裏)へ行きました。傾斜護岸の頂上の陸側の地面がえぐられているので、波がここまで登ってくることがわかります。海水が護岸の裏側を削るようになり、近いうちにこの護岸は崩れるそうです。有料道路の法面にも、波が削ったと思われるミニ浜崖がありました。傾斜護岸から海を見渡しながら、もうここはどうしようもない(砂浜を復元させるという意味で)とおっしゃっていました。波は、お腹がすくと砂を容赦なく食べます。護岸を造って食べるのを阻止すると、両脇の護岸のないところを食べます。港の浚渫で砂を奪っておいて護岸を造ったので、北へ北へと侵食が広がるのは当然だそうです。

現地見学の時間が延びたので、勉強会を始めるまで、休む暇もありませんでした。

宇多さんは、作ってきてくださったスライドで九十九里浜や鹿島灘などを例にあげながら、砂浜に構造物を造った時の砂の堆積と侵食場所の変化を説明くださいました。15分おきくらいに質問の時間をとるということで進めました。海と浜を見ながら午後を過ごしたので、スクリーンに映る説明の図は、なんとなく退屈でしたが、質問の時間になると、いろいろ質問が出て、それに宇多さんは丁寧に答えてくださいました。最後のほうは、スライドはそっちのけで、海岸づくりのためには、どのように議論を進めていくのがよいか、みたいな話で盛り上がりました。

いろいろ出た話を全部は書きませんが、まず最初にするのは、どういう仕組みで侵食が起きているのかを公開の場ではっきりさせること(宮崎では、ここがまだクリアできていない)。最終的には、利害関係者がみんな出てきて、根気よく議論を進めていくしかないということです。九十九里浜(だったかな?)では、1年間に60回も会合を持って話をしたそうです。1週間に1回以上の計算になります。60回も続ければ、最初は言い争いがあっても、腹をわって話していくうちに、こうやっていこうという合意ができてくるものだそうです(揚げ足取りや、要望で終わらせるのではない)。納得のできる海岸をつくっていこうという熱意が必要です。

ということで、19:30終了予定の勉強会が終わったのは、21:00頃でした。住吉一帯で観測されている地盤沈下が砂浜侵食にどの程度影響しているかという点については、今回の勉強会では触れられませんでした。今後の勉強会の課題としたいと思います。

これまで2年近く、行政の方や海岸に詳しい方に、住吉海岸の侵食のメカニズムを教えていただいてきました。要因はいくつもあって複雑であるという結論を何度も聞きました。今回の勉強会で、主たる原因は、港建設と維持のために行なった掘削・浚渫で砂を系の外へ持ち出したことであるというのは、とても分かりやすいものでした。やっと侵食の仕組みについて理解できた気分です。次のステップで、「それでは今後どうするのか」ということを議論していくためには、議論に参加する人たちが、侵食の仕組みについて共通の認識を持っていなければなりません。これがないと、お互いに、何か隠しているのではないかと不信感がつのります。砂浜海岸に港を造ることの弊害については、宮崎では何となく口にするのを避ける風潮があります。ですが、避けていてはなんの問題解決にもなりません。港を壊せないなら、壊さずに侵食対策としてできるのは何なのかを考えていくしかありません。

 

今回の勉強会についての反省を最後に一つだけ。今回は、メディアの取材は入れないということで開催しましたが、これは失敗でした。閉じた場ではなく、新聞でもテレビでも何でも使って、広く知らせていかなければいけないと感じました。

2009年7月 1日 (水)

侵食対策検討委員会関連の会合

シンポジウムを終えてから、森と沢の活動に精を出していたので、また報告が少し遅れました。1月から5月にかけて行なわれた侵食問題の会合のご報告などです。傍聴や参加したものについては短い報告を載せましたが、参加できなかったものは、国交省宮崎河川国道事務所のホームページに会議資料や議事録などが公開されているので、ご参照ください。

侵食対策検討委員会「第1回技術分科会」

2009129

侵食対策検討委員会「第2回技術分科会」

2009310

5回 侵食対策検討委員会

2009311

15回海岸勉強会

2009317日 参加者およそ40

3月の検討委員会の報告があり、そのあと、津波対策について宮崎県危機管理課から説明がありました。最後に、新年度から月に1度開催される市民談義所の進め方について話しました。

1回市民談義所

2009425日 参加者およそ50

市民からの意見や要望を議論し、とりまとめて検討委員会へ報告するために設置されました。昨年度までの「住民懇談会」と役割は同じですが、月に1回開催されるということと、議論の場にしていくという点が違います。しかし、こうした場で住民が議論するという下地がないため、実際の進め方については、まだ模索が続きます。今回は、口頭で意見を述べるのではなく、小さな紙に意見を書いて模造紙に貼り付ける「ワークショップ」という名称の方法で進められました。議論するということは、反論もあり得ると思いますが、反論も小さな紙に書くのかなと思いながら、1枚意見を貼ってきました。

2回市民談義所

2009530日 参加者およそ60名と聞きました。

次回検討委員会に提出する意見の集約を行ないました。参加したメンバーからの報告では、ワークショップ全体の雰囲気は、防災対策を強調した意見はマイナーで、コンクリートを使わない対策がメジャーだったそうです。

 

 

国交省宮崎河川国道事務所のホームページ

http://www.qsr.mlit.go.jp/miyazaki/html/kasen/sskondan/index.html

 

 

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