宮崎港の浚渫土砂量
「宮崎県一ツ葉海岸の侵食とアカウミガメの保護」(環境システム研究論文集Vol.33 p. 63-71)という2005年の論文を読むと、航空写真から砂浜の後退具合を推定して、1990年から2000年までに消失した砂の量は410万m3と計算していました。この膨大な量の砂はいったいどこへ消失してしまったのでしょう?
一ツ葉海岸は、ヘッドランド建設計画がある住吉海岸の南にあり、30年ほど前は広い広い砂浜でしたが、現在は傾斜護岸に波が打ち寄せるコンクリートの崖になっています。その南の大淀川の河口には、1986年に砂州を掘削して建設した宮崎港と海浜リゾート施設があります。入港した船が南東方向からの波で揺れないように、1.4kmの防波堤が沖へ伸び、その防波堤に守られるようにヨット停泊用のマリーナがあります。いくら浚渫しても航路が埋まり、航行禁止が続いていることで有名なマリーナです。
住吉海岸の侵食が問題になって試験養浜が始まった昨年から、このマリーナの浚渫土砂は住吉海岸の岸近くに置かれています(第3回宮崎海岸侵食対策検討委員会での説明)。では、1986年の砂州を掘削以来、宮崎港の浚渫で生じた土砂はどれくらいあり、どこへ持っていかれたのでしょうか。いろいろな説がとびかっていたので、宮崎県 県土整備部港湾課に教えてもらいに行きました。
| 事業年 | 目的 | 事業主体 | 浚渫量(m3) |
| S61~S62 | 砂州開削 | 国直轄 | 1,194,000 |
| S61~H2 | 航路泊地 | 県単 | 2,648,000 |
| S63~H1 | 航路泊地 | 県単 | 483,000 |
| H3~H5 | 航路泊地 | 県単 | 358,000 |
| H4~H6 | 航路泊地 | 県単 | 377,000 |
| H4~H7 | 航路泊地 | 県単 | 563,000 |
| H4~H9 | 航路泊地 | 国直轄 | 1,615,000 |
| H8~H10 | 航路泊地 | 県単 | 5,000 |
| H8~H10 | 航路泊地 | 県単 | 592,000 |
| H5~H7 | マリーナ泊地 | 県単 | 161,000 |
| H8 | マリーナ泊地 | 県単 | 19,000 |
| H11~H19 | マリーナ泊地 | 県単 | 96,000 |
事業数は合計12、浚渫(掘削)土砂量の合計は、22年間で811万m3でした。上記論文は10年で410万m3でしたから、22年なら約倍で計算が合います。一ツ葉海岸の砂は、宮崎港とマリーナを浚渫したために消失したと考えてもよいかもしれません。
浚渫(掘削)土砂のほとんどは、宮崎港建設のための埋め立てと、大淀川の右岸河口近くから沖へ延長した空港滑走路埋め立てに利用されたそうです。「ほとんど」とはどれくらいなのかと尋ねてみたのですが、わからないという返事でした。
常に流れ動く砂をとめる海岸構造物を建設して、たまった砂をその構造物建設に利用する。周辺の砂浜侵食さえなければ、建設経費節約のためのアイディア賞ものだったかもしれません。でも残念ながら、宮崎県が世界に誇る広大な砂浜を失いつつあります。ほんとうに残念です。

