表浜シンポジウム・エクスカーション参加報告
遠く、愛知県の表浜で開催されたエクスカーション(遠足)とシンポジウムに参加してきました。
1日目(4月26日)は、現地見学でした。浜名湖の東にある中田島砂丘から、渥美半島の先端近くまで、大型バスで移動しました。問題がある要所では砂浜を歩きながら、地元の方々の状況説明、なぜそうなったのか宇田高明さんの解説、砂浜に見られる生き物や住民運動についての清野聡子さんの解説を聞きました。全部を書くと大変なので、4箇所ほどご紹介します。
まず、中田島砂丘では、西風が砂を東へ運び、海岸林が埋もれて困るので(海岸林の東の施設も)、砂を掘って、また西へ戻すという工事をしていました。永遠に続けるつもりなのかなと思いながら、砂丘の上から、埋もれつつある松林を見下ろしました。砂丘は広がっているのに、そこの浜は侵食が進んでいました。
浜名湖の海への出口の今切口には、船が通れるようにと導流堤が作ってありました。満潮時には海水が浜名湖へ流れ込み、砂浜を西へ移動している砂も浜名湖へ流し込みます。干潮になると、浜名湖に入った水が、鉄砲水のようになって流れ出るそうです。導流堤がなければ、砂はそれほど浜名湖に吸い込まれずに西へ移動していくようです。ここから西の砂浜では砂が足りなくなっています。
消波ブロックの堤防を撤去したとニュースになったところも見ました。日本は昔から、「突撃、前進、玉砕はOK。撤退はダメ。」という社会なのだそうです(宇多さん談)。だから、行政に撤去しろという働きかけは逆効果なのだと教えてもらいました。現場を見たら、撤去したのではなく、後ろへ50mほどずらせただけでした。撤去したら、今度は産業廃棄物として捨てる場所を探さなければならないので、後ろへずらして砂丘に埋もれさせたらという働きかけをしたら実現したそうです。ほんの100mほどの区間だけで、その東西にはブロックの列が続いていました。ブロックの背後地にコンクリートの護岸が建設されているところは、後ろに下げようがないように見えました。
赤羽根漁港は、宮崎港と同じような防波堤があるのですが、港は、防波堤の反対側にあります(宮崎で言うと、大淀川の位置)。防波堤が西向きの砂の流れを止めて、砂浜の幅が100mくらい広がったそうです(港は反対側にあるから、浚渫の必要がない)。その代わり、港の対岸にある浜(宮崎で言うと赤江浜の位置)は、砂が流れてこなくなって、離岸堤と護岸のオンパレードでした。
浜を歩いたり、赤羽根漁港の突堤が砂をためこんでいる様子を見たりしながら、宇多さんには宮崎港の問題点を教えてもらい、清野さんと青木伸一さんには海岸調査について相談しました。
2日目のシンポジウムは、以下の5人の講演のあと総合討論でした。
宇多高明さん(土木研究センター) 「海岸線はつながるのか?」
青木伸一さん(豊橋技術科学大学)「遠州灘プロジェクト」
松沢慶将さん(日本ウミガメ協議会)「海岸の生態系」
道家哲平さん(日本自然保護協会)「海岸の生態系サービス」
清野聡子さん(東京大学)「私たちと海岸のつながり」
パネルディスカッション ~ つながる海岸線 ~
参加者は100人くらいだったでしょうか。宮崎でもシンポジウムを開きたいという思惑があり、参考にさせてもらうための参加でした。宇多さんと清野さんは、海岸問題ではよくお名前を聞きますが、お二人とも、あくまでも専門家で、的確なアドバイスはくれるけれども、砂浜をまもるために実際に行動するのは、地元市民なのだということがわかりました。
目からウロコがいくつも落ちた有意義な2日間でした。海岸工学の専門家、野鳥を見て歩いている人、浜でゴミを拾っている人、県の職員、サーフィン愛好家、日本自然保護協会、地域活性化の仕事をしている人、地元で農業をしている人、各種の市民運動に走り回っている人、いろいろな人が参加していました。老いも若木も元気な人たちでした。宮崎で海岸問題に取り組んでいる人たちも交流できたらと思う場面がたくさんありました。そのうちぜひ、宮崎でもシンポジウムを実現させたいと思います。

