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2008年2月

2008年2月13日 (水)

第3回海岸勉強会 参加報告

<すき工法による砂止め> 安藝國宏さん

間伐材を使って波打ち際に波を弱める構造物を設置し、波が運んできた砂をトラップするという砂浜を広げるための対策をお話くださいました。縦横5m×9mのものを50mおきに設置すると、その部分から砂嘴が発達して砂浜が広がるそうです。コンクリート構造物がある場所では効果は薄いのですが、住吉海岸でも、自然の砂浜が残り、沖にバーが形成されるような区域では効果があるとのことでした。参加者からは、行政も、この工法を検討したらよいとの意見が出ました。

延岡市の長浜では、3基のうちの1基がばらばらに破壊されましたが、波で破壊されたというより、竜巻による影響とのことです。新富町の富田浜では、砂浜が広がり、今も一ツ瀬川の左岸近くに1基が砂に埋もれたままになっています。他に鹿児島と新潟に設置されましたが、試験的な設置だったので撤去されました。風土修景研究所が特許を取得しており、1基450万円。コンクリートによる侵食対策の10分の1以下の値段で設置できます。

<地元住民の危機意識> 十川さん

宮崎港が出来てから砂浜侵食が急激に進んだと感じているそうです。以前は砂丘だった場所には、松林を守るための護岸が作られているけれども、台風の時などには波が護岸を越えます。一ツ瀬川右岸の河口には広い砂浜が広がっていましたが、左岸河口とは対照的に、現在は波が垂直護岸を洗っています。地元では、とにかく急いで対策をとってほしいと考えていますが、どのような対策をとるのかという情報が全然伝わってこないと感じているとのことです。

<お二人の話を聞いて感じたこと> 林

住吉海岸のヘッドランド建設については、国交省の担当者が試しにヘッドランドを1基設置して効果があるかどうか見てもいいのではないかと話していたことがありましたが、試しにやってみるなら、効果がなかったときの撤去が簡単な間伐材の砂止めのほうがよいのではないかと感じました。

地元の方は、早く対策をとってほしいと思っているものの、ヘッドランドが一番よい対策なのかはわからず、行政にまかせておくしかないようです。地元から多数の参加者があったので、宮崎港が出来てから砂浜侵食が進んだと考えているのはどれくらいの割合の人かと質問してみました。全員そう感じているそうです。感じているのではなく、それが事実だと強い語調で話される方もいました。

道路建設でもそうですが、大規模な構造物の建設は、その恩恵を受ける人もいる一方で、構造物ができたことで生活を脅かされる人もでてきます。宮崎港の建設は、農業生産物の輸送手段としては有効だったのでしょうが、付近の砂浜だけではなく、10kmも離れた部分の砂浜でさえ侵食されるという弊害をもたらしました。砂浜による防波効果を失った地域が続出し、宮崎ならではの貴重な観光資源も失いつつあります。今後の長期的な宮崎の発展を考えるなら、砂浜を掘って作った宮崎港のあり方を問い直すことも必要なのではないかと感じました。

2008年2月 5日 (火)

第3回 宮崎海岸懇談会 参加報告

住吉海岸の侵食対策は、専門家も集めた「検討委員会」と、市民の意見も取り上げられる「懇談会」と、市民と行政が勉強するだけの「勉強会」に分かれています。勉強会にはたくさんの人が集まりますが、勉強会で出た意見は検討委員会には反映されません。2月5日には、意見を検討委員会に反映できる懇談会が開かれましたが、市民の参加者は10名ほどでした。

内容は、第2回検討委員会(1月8日)の説明のあと質疑応答でした(検討委員会の内容は、下記の国交省ホームページに掲載されています)。懇談会では、養浜工法の必要性についてと、実施の際の課題や配慮事項などが討議事項でした。

http://www.qsr.mlit.go.jp/miyazaki/html/kasen/sskondan/index.html

養浜は、昨年から試験的に実施が始まっています。国交省は、投入した砂の動きの調査もしていて、その結果を見ながら、次の対策を考えるということらしいです。

川からの土砂が減って、海岸の砂浜に影響が出るのに10年から15年くらいかかるという説明があったので、養浜の調査結果を出すのにも同じくらいの期間が必要なのではないかと質問しました。早急な侵食対策が必要なのだから、そんなに時間をかけていられないということでした。

川からの砂の供給が減っているために侵食が進む浜なので、いくら砂を入れても、砂は港へなだれ込むだけだという印象がぬぐいきれません。港の浚渫にも多額の費用がかかるはずですので、短期間の調査でお茶をにごして、ヘッドランドの建設が必要だと説くのではないかと疑心暗鬼になります。

養浜以外にも意見を出す時間があったので、宮崎の海岸のあり方についての議論が足りないと発言してきました。

2008年2月 4日 (月)

球磨川のシンポジウム参加報告

緊急シンポジウム「球磨川から鮎が消える?」

 ~天然アユを増やす試みを球磨川でも始めよう!~

200823日(日) 14001700

熊本県八代ハーモニーホール

川辺川を守りたい女性たちの会主催

【参加の目的】

球磨川流域は、宮崎の大淀川流域の山向こうに位置します。支流の川辺川ではダム建設反対運動が進行中ですが、本流にあたる球磨川には撤去が決まった荒瀬ダムがあり、そこで天然アユを増やすというのがどういう意味を持つのかを知りたくて参加しました。

【球磨川見学】

天気はあいにくの小雨模様。朝930に宮崎を車で出発。国道10号を西へ走り、えびのICから高速道路に入り、人吉ICでおりました。そこから八代市まで、球磨川沿いに国道219号(人吉街道)を下りました。

Imgp0082途中、川岸の砂を採取している現場があり、ダンプで運ばれていく砂を見て、のどから手が出そうになったり、

  

Imgp0086ダムがあったので写真を撮ってから名前を調べたら、撤去が決まっている荒瀬ダムだったりするハプニング(?)もありました。

開会時間ぎりぎりに会場に到着。参加費500円を払って資料をもらいました。

【シンポジウムでもらった資料】

・ シンポジウムのプログラム A4片面

・ 高橋勇夫さんの講演要旨 A4片面

     ・ 球磨川および全国のアユ漁獲量の推移のグラフ A4片面

・ 雑誌か何かの記事のコピー A3両面

高橋勇夫 「天然アユを増やす」と決めた漁協

秋山雄司  天竜川は変われるか

     ・ 新聞記事のコピー A3両面

「天然アユ復活シンポジウム」

   (矢作新報 20071116日)、

「自然頼みから流域スクラムへ 

 第2回天然アユを増やすと決めた漁協のシンポ」

  (中日スポーツ 20071116日)。

      ・ 球磨川水系河川整備計画学習会の案内 A4片面

    2008223日 1830

    ダムなし河川整備計画の紹介、熊本県政の評価 他

       講師 土居勲嗣(九州大学大学院法学府博士課程)

    子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会主催

   

【シンポジウム】

 内容を数行でまとめるのは、無理があるのはわかっているのですが、印象に残った部分だけでもご紹介します。

  

1)報告「球磨川の今と昔」 

    塚本昭司氏(球磨川漁協組合員) 20

  昭和30年代の球磨川の様子や、人々の生活の写真を見せながら、鮎がたくさんいた当時の楽しい思い出を紹介。その後、いくつもできた堰を見せ、川が構築物で寸断され、人の心も寸断されてしまったとおっしゃっていました。

  

2)報告「球磨川の現状」 

    木本生光氏(球磨川漁協理事) 20

  これまで球磨川で鮎を放流してきた実績をグラフなどで紹介。放流量を増やしても鮎は減少の一途をたどっている。原因はいろいろ考えられるが、放流で鮎を維持することには限界があり、天然遡上を促す必要がある。

  

3)鮎の面白クイズ(荒木ひとみさん)

    (賞品:鮎の甘露煮 頼藤商店提供) 10

   100人あまりの参加者に全員立ってもらい、3問選択式の質問をしていき(右手挙手・左手挙手・手を上げない)、不正解者はすわっていく。賞品3個分の正解者が残ったところで終わり。質問は10問用意してあったが、5問目で終了になった。

  

4)講演>「アユを育てる川仕事」 

    高橋勇夫氏(たかはし河川生物調査事務所)50

   高知県物部川で、鮎の天然遡上を実現した事例などを紹介。放流しても鮎が減ってしまったのは、「放流万能」という勘違いによるもの。上流にダムができ、河川流量や流出土砂の質が変化し、産卵に適した河床が減り、稚魚の成育に適した川の環境がなくなったから。産卵前に、細かい粘土質の粒子で固まってしまった河床礫を重機で掘り返すなどして、礫が動くようにしたら、鮎が産卵するようになった。生まれた稚魚が河口まで流される流速も必要。愛知県矢作川における天然アユ復活の活動にも協力。

 

5)パネルディスカッション 60

   「球磨川にアユを呼び戻そう」

 コーディネーター:つる 詳子さん(環境カウンセラー)

 パネリスト: 

    研究者)高橋勇夫氏(たかはし河川生物調査事務所)

    漁民)小鶴 隆一郎氏(下球磨・芦北川漁師組合組合長)

    行政)山田 雅章氏(熊本県農林水産部水産振興課主幹)

    市民)出水 晃氏 (美しい球磨川を守る市民の会代表)

 

Imgp0094  それぞれの立場から、どうしたらよいのかという短い意見が出された。会場から質問を受ける形式ではなかったが、自発的な意見が相次いだ。昔の球磨川にはアユがたくさんいて、またあのような川に戻したいという思いが伝わってくる発言だった。しかし現実を見ると、荒瀬ダムの撤去は決まったものの、その下流にはさらに2つ堰があり、アユが球磨川中流域と八代海を行き来できるようにするには、行政・研究者・住民が密に連絡を取り合いながら、これからどうしていくかという前向きの議論していく必要がある。アユは漁業組合のものではなく、地域の共有財産であるという考え方が必要。

【球磨川河口から八代海を臨む】

シンポジウムが終わって会場をあとにしたのが1700。まだ陽が沈んでいなかったので、球磨川の河口を見に行くことにしました。地図で見ると、ほとんどが埋立地と思われるような四角い区画の海岸線でしたが、球磨川では砂を採取していたくらいだから、少しは砂浜があるかもしれないと期待していました。しかし、河口右岸はコンクリートで固められた岸壁でした。沖には風情のある島が2つ。岸壁には似合わない島でした。昔はここも砂浜だったのだろうかとか、球磨川の川砂が住吉海岸の養浜に使われることもあるのだろうかとか、あらぬことを考えながら帰途につきました。

Imgp0104

            

  (文責 林)

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