2016年11月20日 (日)

『貝と文明』 ヘレン・スケールズ著

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『Spirals in Time』の邦訳が完成しました。貝にまつわる逸話から最新の研究まで、楽しい話が次々と展開します。

築地書館が、目次や訳者あとがきをホームページに載せてくれました。まだアマゾンには登場していませんが、購入をお考えの方は参考にしてください。


築地書館のホームページ『貝と文明』
http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1527-6.html

 
 

2016年11月18日 (金)

鳥獣戯画と鼈甲の螺鈿

九州国立博物館で「京都 高山寺と明恵上人 鳥獣戯画」の特別展があったので見に行ってきた。長蛇の列に30分並んで入館し、人の肩越しならば立ち止まってよいと言うことだったので、展示ケースから一歩下がって(二歩くらいかも)ウサギとカエルが大笑いしている有名な場面を満喫してきた。4巻ある鳥獣戯画のうち、この場面が出てくる甲巻は、構図といい筆運びといい、ほかの巻と比べると出来栄えが抜きんでている。所蔵する高山寺は何度も火事にあい、800年前の建物はほとんど残っていないらしい。紙の鳥獣戯画なのに虫に食われることもなく、よく残ったものだと思う。

常設展の中では螺鈿(らでん)のトピック展示があった。木工と漆と貝細工を合わせた螺鈿は、いつ見ても目を楽しませてくれる。その中に、貝殻だけでなくウミガメの甲羅(鼈甲、べっこう)も使った「菊唐草螺鈿玳瑁合子(きくからくさらでんたいまいごうす)」(奈良・當麻寺所蔵)というのもあった。緻密な模様が美しかった。展覧会へ行っても図版集を買うことはあまりないのだが、今回はどうしてもほしくなった。

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図版集「きらめきで飾る-螺鈿の美をあつめて」

 九州国立博物館編

 1,600円
  


 

2016年10月29日 (土)

蜘蛛の巣のインスタレーション

Photo_3   平川渚作「ぬけ道、とおり道」

 糸島芸嚢「アートの収穫祭」へ行って森の中で見た素敵なインスタレーションをもう一つ。森の山道を登っていくと、古いお堂のような小屋があった。扉があいていたので、中を見ると作品が張り巡らされていた。

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 蜘蛛の巣のように見えるのはレース編み。編んだ帯は枝分かれしたり、丸い穴の中をくぐりぬけたりしているので、厳密には蜘蛛の巣ではないが、緻密な空間アートだった。

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 この少し下で「ダレカノネガイ」という作品を展示していた黒崎加津美さんが、昨年はお堂の扉を漆で塗ったと話していたのは、この扉のことだろうか。赤い扉と、クリーム色の壁と、焦げ茶色の床に、レース編みの蜘蛛の巣が張られていて、本当なら寂しいお堂が、喜んでいるように見えた。
 
 

森の中の貝殻のインスタレーション

2   杉原信幸作 「貝つむぎ」


 インスタレーションとは、時と場が限定された芸術作品のこと。たとえば砂の城。高度な技術で目を見張るような作品を作っても、砂が乾いたり、波が寄せたりすると跡形もなくなる。プロの制作者なら完成させたら写真に残すのだろう。糸島芸農「アートの収穫祭」という国際芸術祭をのぞいてみたら、松末権九郎稲荷の裏山の森の中で貝殻のインスタレーションに出会った。

 けっこうな急坂を登っていたら、かつて一度伐採された広葉樹の根元から新たな芽がたくさん出て(萌芽)、それぞれの芽が径30センチくらいの大木に育った木があった。その脇に作品の題名を書いた白い札が置いてあり、材料は貝殻とテグスと針金とある。まわりを見回してもそれらしきものはない。萌芽した広葉樹の大木のことかと思ってよく見ると、古い切り株があったはずの中心部の上空の枝から、割れた貝殻をつなげた紐が吊り下げられていた。

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 貝殻なしの木だけでも芸術的だが、それだと作品と呼ぶわけにはいかないのだろう。なぜ貝殻なのかわからなかったが、萌芽した木の芸術性を損なわないような材料を探したのかもしれない。どこで拾った貝殻なのだろうと気になった。


 
 

 

2016年10月25日 (火)

『はまぐりの草紙』を読んでみた

 ハマグリについて書かれているのかと、本の題名にひかれて買ってみた。

 室町時代のおとぎ草紙を現代社会の脚色を加えながら現代語で綴った絵本なのだが、やたらと漢字が多い文章だし、裸の女性のイラストは出てくるし、まあ子供向きとは言えない。マンガがこれだけ普及しているのだから、大人が絵本を読んで悪いことはあるまいと思い、内容についても著者についても何も知識がないまま読み始める。

 今の社会を皮肉る言葉がときどき出てくるのが面白くて、一気に読んでしまう。最後に原書通りの物語も収録してあった。著者紹介の部分を見ると、いろいろ賞をもらっている人らしい。こういう古典の翻訳も楽しいかもしれないと、そのアイディアに感心する。

 話の筋は、竹取物語と、鶴の恩返しと、浦島太郎を合体させたようなもの。結論ははっきりしていて、親孝行をすると天からご褒美がもらえるよ(だから親の面倒をしっかりみなさい)、というものだった。若い世代に親の介護をさせようとする工夫をするのは、なにも今に始まったものではないことがよくわかる。親孝行について教えられずに大人になった人に親の介護をさせるために、複数世代の家族を推奨するような法律を検討するよりも、子供の時からこのような物語を読み聞かせるほうが効果はあがるかもしれない。

 ご褒美が7000年という寿命だそうなので、主人公は現在も生きている計算になる。しかし、あと数千年して年老いたら、誰が介護してくれるのだろうと、要らぬ心配をしてしまった。昔は「介護」を「親孝行」と呼んだことにも気づいた。言葉はうまく使ってこそ威力を発揮する。
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参考文献
『はまぐりの草紙』 文:橋本治 絵:樋上公美子 講談社 2015年刊
 
 

2016年10月23日 (日)

昔は有明海にアサリはいなかった

 不知火球磨川流域圏学会の秋の現地見学会へ出かけた。今回は、熊本地震の断層を見てまわる巡検だった。午前中に下山正一先生の地震や断層についての講演を聴いて、午後から益城町近辺に新たにできた断層3カ所を見てまわった。

 下山先生は地震の専門家だと思っていたら、地層の専門家だった。それも、貝の化石に詳しい。貝殻の破片を見ると、もともとの貝の形が見えるのだそうだ。ついつい、質問の雨を降らせてしまった。

 今の有明海は日本でも有数のアサリの漁獲高を誇るが、昔の干潟にアサリはいなかった。直径35センチ、長さ5メートルの筒をクレーンで立てて干潟に打ち込んで地層を採り、泥の年代と貝殻の種類を10センチごとに調べたところ、有明海にアサリがたくさん生息するようになったのは180年から190年前だということがわかった。

 有明海では1792年に島原半島の雲仙岳が噴火し、流れ出て冷えて堆積した膨大な量の溶岩が海へ崩れ落ちて、有明海沿岸を津波が襲った。筒を使って取り出した干潟の地層には、この津波の跡が残っている。アサリの貝殻が見つかるのは、224年前の津波から数十年あとの地層だ。

 一方、付近の貝塚を調べたところ、アサリの貝殻が出土するのは有明海の湾口近くだけで、古代、内湾沿岸にはハマグリ、ヤマトシジミ、マガキ、ハイガイなどしかいなかった。筒で採った地層を見ると、津波の前の干潟は砂の粒子が細かく、アサリの生息には向かなかったこともわかった。津波で干潟環境が泥質から砂質に変わり、アサリが棲めるようになったようだ。

 興味深いことに、アサリの貝殻が最初に出現するのは湾中央部の沿岸の地層だ。貝塚では湾口近くからしかアサリは見つかっていないので、外海から内湾へ分布が広がってもよさそうだが、そうではない。つまり、人がどこからかアサリを持ってきて放流したと考えられる。福岡の博多湾近辺の貝塚からはアサリが出土しているので、そこから運んだのかもしれない。

 熊本地震の断層の話も興味深かったが、有明海のアサリの古くて新しい知識もおもしろかった。

 
参考文献
Historical occurrence of the short-neck clam, Ruditapes philippinarum (Adams & Reeve, 1850), on the sandy flats of Ariake Bay, Kyushu, western Japan. Shoichi Shimoyama, Toshihiko Ichihara, Kaori Tsukano, Minami Kabashima, Noriyuki Momoshima, Tomohiro Komorita, Hiroaki Tsutsumi. Plankton & Benthos Research, 10: 202-214. 2015.
 
 

2016年10月 3日 (月)

アカウミガメの合わせ貝

 宮崎県の小倉ヶ浜に打ち上げられたチョウセンハマグリの貝殻で、日本画家の宮下博直さんにアカウミガメ合わせ貝を制作してもらいました。貝殻の内側に金箔を2枚重ねて貼り、その上に岩絵具で描かれています。

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  宮下博直作

 貝殻は日向市在住の岡山清英さんが採集したものです。全面がほぼ白色で模様がわずかしかなく、長さが8.9cmの大きな貝殻です。絵を描いてもらう前と後に重さを測ったら、絵具分の重さは0.7グラムでした。

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 制作をお願いするときに、参考のためにアカウミガメの精巧なフィギュアをお渡ししたのですが、宮下さんはネットの動画などでウミガメが泳ぐ姿をだいぶ研究してくださったようです。日本語のサイトには、アオウミガメの画像を誤って「アカウミガメ」と表示しているものがたくさんあるということです。

 アカウミガメは英語でloggerhead seaturtleと言うように、アオウミガメより首が太くて「頭でっかち」に見えます。雑食性なので、貝やカニの殻を砕くための顎や首の筋肉が発達しているのでしょう。その特徴をうまく描いてくれました。

Loggerhead

 次はなんの絵を描いてもらおうかと思案中です。大きな貝殻も探さねばなりません。
 
 

2016年9月20日 (火)

『日本の木と伝統木工芸』 メヒティル・メルツ著

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 フランス在住のドイツ人の著者が日本語を学んで来日し、木工芸家に日本語で聞き取り調査をして英語の本にしました。日本の伝統的な木工芸のすぐれた点を、西欧人の目から分析しています。その邦訳が海青社から出版されました。

 この本を読むと、当たり前のようにある身近な木工製品が、今までと違って見えてきます。

海青社のホームページ
http://www.kaiseisha-press.ne.jp/
 
 

2016年3月24日 (木)

合わせ貝 ヤマコ臼杵美術博物館

 大分県の臼杵市のヤマコ臼杵美術博物館にハマグリの合わせ貝が常設展示されていると教えてもらい、2015年11月7日に見に行った。

 中津藩大平家から臼杵藩稲葉家へ嫁いだお姫様の婚礼道具の貝桶とともに展示されていた。1対ある桶のそれぞれに右殻と左殻に分けて入れられていたハマグリの合わせ貝のうち132組が現存する。製作されてから200年も経っているので絵の損傷が著しいものもあり、修復作業が進められていた。

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 合わせ貝の重さを測らせてもらえないだろうかとお願いすると、学芸員の足立美紀さんが対応してくれて、博物館長の許可をもらってくれた。そこで、修復を終えて博物館に返納された貝を見せてもらうために、2016年3月24日に博物館を再訪した。地が銀の左殻と、地が金の右殻には、どちらにも波形や亀甲の地模様が施され、源氏物語絵巻のようなきれいな絵が描かれていた。修復された20組うち19組は、左右の殻がぴったりと合わさった。

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 写真を撮らせてもらい、重さを測った。臼杵は小倉ヶ浜に近いのでチョウセンハマグリ(Meretrix lamarckii)の貝殻を使っているのではないかと思ったが、殻の重さの分布からは、ハマグリ(Meretrix lusoria)と推測された。昔は大分沿岸の河口には大きなハマグリがたくさんいたのだろう。
 
 

2015年11月 1日 (日)

飯田市 小笠原家書院・資料館 

 飯田市の天竜峡の近くに、国の重要文化財になっている江戸時代の旗本の屋敷があると聞いて、見に出かけた。

 道路沿いの駐車場に車をとめて住宅街を抜け、少し小高い所にある屋敷跡へと階段を上って門をくぐると、広場の向こう側にあるガラス張りの超現代風の建物に圧倒される。場所を間違えたかと思って、引き返すために門の方へ向き直ると、右手にある古びた建物が目に入った。

 やっぱりここで良いのだろうと思いなおして超現代風の建物をよく見ると、建物のまんなかあたりの地面すれすれの位置に受付らしい窓が見えた。中をのぞいたが誰もいない。試しにガラスをコンコンと叩いてみたら、奥から年配のおじさんが現われた。

 入館料を払うと、その受付のおじさんが門のわきの古い建物を案内してくれた。明治になって武士が没落していく過程で家財道具が散逸し、建物が取り壊されていった。屋根をトタン葺きにしたこの建物は雨をしのげたので、かろうじて残ったという。飯田市が管理するようになり、数年前に数千万円かけて元のようにヒノキの板葺きに修復されていた。

 残っていたのは主人が客の接見に使った二間と、それを取り囲む内縁と、その裏側にある板の間の作業場だった。畳の二間の欄間と、内縁の欄間が美しかった。私は欄間が好きみたいだ。欄間というより、住まいを飾るための幾何学模様かもしれない。

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 実はここへ行ったのは、資料館に貝合わせの貝が展示してあると聞いたからだった。しかし、超現代風の資料館に行って探したが、合わせ貝は置いていなかった。受付のおじさんに尋ねてみたところ、持ち主が引き上げてしまったということだった。残念。

 超現代風の資料館は、小笠原家の子孫の妹島和世という建築家が建てたものらしい。飯田市のホームページでは書院造の建物にしか触れていないので、重要文化財の隣に建てるものとしてふさわしくないと考える人がいるのかもしれない。良い意味でも悪い意味でも昔ながらの意識が強く残る地域なので、そういうこともあるだろう。


旧小笠原家書院
https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/ogasawarashoin.html

小笠原資料館
http://www.arcstyle.com/nagano/ogasawarashiryokan.html

 
 

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